Jul 27, 2009

賃貸事務所を活用しましょう

業務などで事務所が必要な場合は、レンタルオフィスを利用するのが良いでしょう賃貸事務所で必要とされる規模や位置なども自由に選ぶことができ、とても便利に高いにもかかわらず、必要がなくなっても賃貸事務所ならない余計な手間もかからず安心ですオフィスが必要ある場合は、レンタルオフィスを効果的に活用されてはいかがでしょうか。
会計法人会社の書類や検査を依頼し、円滑な企業運営を図ることができます。例えば、記帳の代行を依頼することができます。会計帳簿を定期的に確認してもらうこと決算期に困難することはできません。決算時に会計事務所の請求書と帳簿が一致しているかの確認と税務申告書作成依頼をすることで、レポートエラーが発生することは困難です。
 ■小沢元代表の矛盾突く

 小沢一郎民主党元代表(68)の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる事件で、政治資金規正法違反(虚偽記載)罪に問われた衆院議員、石川知裕被告(37)ら元秘書3人の第2回公判が8日、東京地裁(登石郁朗裁判長)で開かれた。信託銀行の元嘱託職員らが検察側証人として出廷。証人尋問で検察側は、土地購入の原資4億円について、小沢元代表のこれまでの説明の一部に矛盾があることを強調した。

 小沢元代表は昨年1月の会見で、東京都世田谷区の土地購入の原資となった4億円について、(1)東京・湯島の自宅を売り、新たに購入した際の残金2億円(2)家族名義口座から平成9年に引き出した3億円(3)家族名義口座から14年に引き出した6千万円−を保管。ここから土地購入時に4億円を陸山会に貸し付けたと説明。昨年1月23日の事情聴取でも同様の供述をした。

 元嘱託職員は14年3月末ごろ、小沢元代表の妻から「自宅に迎賓館を建てたいので6千万円払い戻して」と依頼され、家族名義の口座から引き出して手渡したと証言した。

 採用された証拠では、小沢元代表は14年に自宅建設費用に1億2990万円を支出。検察側は妻が引き出した6千万円はこれに充てられたため、4億円には含まれていないと主張し、「(小沢元代表側が)4億円の由来を公にできないものであった」と指摘した冒頭陳述に沿って、小沢元代表の説明の矛盾点を突いた。

 また、陸山会の定期預金を担保に小沢元代表に4億円を融資した銀行支店長も出廷。「(こうした取引は)一般的ではないが、以前も同様の融資をしたことがあった」と証言。即金で買える財力がありながら、融資を受ける形での複雑な土地購入について、「世間的に陸山会が購入資金を持っていると詮索されないためだと思った」と述べた。

【関連記事】
小沢氏元秘書3人の今後の公判の日程と争点 
小沢氏強制起訴へ 潔く議員辞職すべきだ
小沢“恫喝”に屈せず…「起訴すべき」検察審査会が議決
“言い訳”が小沢氏とそっくり?麻木久仁子の危機脱出術
民主政権 終わりの始まり


 えひめ丸事故では実習生9人と船員ら17人の計26人が救助された。しかし強烈な事故の記憶がパニックを引き起こし、生還者はPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんだ。臨床心理士として実習生のケアにあたった聖カタリナ大(松山市)人間健康福祉学部教授、鷹尾(たかお)雅裕さん(61)は「10年たっても苦しみがすべて消えることはないだろう。つらさを抱える彼らへの周囲の理解が大切だ」と話す。

 愛媛県は被害者支援のための連絡協議会を設置。鷹尾さんもスタッフとして面談を繰り返した。実習生9人のうち7人がPTSD、2人が部分PTSDと診断され、長期にわたり通学できない実習生もいた。

 「なぜ助けることができなかったのか」。長い航海で築いた仲間意識が、自責の念をさらに駆り立てた。事故さえなければ日常通りの高校生活が送れただけに「被害者として自分らが特別扱いされることを嫌がった」という。苦しむ実習生を前に鷹尾さんは「病気として捉えるべきなのかどうか」と悩み続け、「静かに接して話を聞くことに心を尽くした」と振り返る。

 医師の支援や治療の効果で平成16年4月にはPTSDからの回復が報告された。どのようなケアが正しかったのかは鷹尾さん自身、いまだ答えを見つけていない。ただ、「頑張らせようとせず、自然と誰かに相談したいと思える状況をつくることで、少しずつ苦しみから解放されるのではないか」と考えている。

【関連記事】
えひめ丸事故10年 救助の実習生ら、心に傷抱えて前へ
ワドル元艦長に聞く「苦しみは何も変わらない」えひめ丸事故10年
元海将補 譲れなかった有罪の文字 えひめ丸事故10年
追悼の千羽鶴託す 「えひめ丸」がハワイ沖実習へ出港 愛媛・宇和島
冥福祈り「風化させぬ」 えひめ丸事故9年で遺族・生徒ら


 事故後、スコット・ワドル元艦長らを軍法会議にかけるかどうかを決める査問会議がハワイ・米海軍基地の法廷で行われた。日本政府は潜水艦部隊出身の海将補(当時)、小澤勇氏(60)を議決権のない判事役の査問委員として派遣。これまで明らかにされなかった会議のやり取りについて、小澤氏が当時を振り返った。

 “guilty”。有罪の文字を声明文に加えてほしい−。平成13年4月下旬、小澤氏は米太平洋艦隊のトーマス・ファーゴ司令官に詰め寄った。軍法上の責任を問う軍法会議の開催見送りが決まる中、小澤氏にとって譲れない一線だった。有罪の意思を司令官の声明文に盛り込むことが被害を受けた日本への配慮だと考えた。ファーゴ氏は悩み抜いた末に受け入れた。

 記録によると、えひめ丸が約1・6キロ先に迫る衝突5分前、グリーンビルは1分20秒間、潜望鏡で海面を捜索した。本来なら視野の4分の1程度を占める船影を発見できなかった。数メートルの高さで捜索すべき潜望鏡を約60センチしか上げていなかったことが判明した。

 小澤氏は、海面捜索の不十分な点に着目。ほかの委員との会議で軍法会議の開催を強く主張した。しかし、会議はワドル氏の有罪を認めたものの、陪審制の軍事裁判では公判維持が困難と判断。ファーゴ司令官に対して懲戒処分を下すよう勧告するにとどめた。

 事故当時は民間人16人が体験航海として乗艦。小澤氏は「艦長の役職を格好良く演じようとして、安全確認がおろそかになったのではないか」と分析するが、「どうしてえひめ丸が見えなかったのか」との疑問が現在まで残る。

 海自は米海軍を範として発展を遂げた。小澤氏自身、潜水艦乗りとして後輩にあたるワドル氏を裁くことに葛藤はあった。それでも、日本側の代表として「亡くなった子供らは何をしても帰ってこない」との思いが常にあった。

 「遺族には古傷に触れるかもしれない。それでも査問会議の委員が法廷で正々堂々と事故に向き合った話を聞いてもらいたい」。不幸から10年。初めて重い口を開いた真意だった。

【関連記事】
えひめ丸事故10年 救助の実習生ら、心に傷抱えて前へ
ワドル元艦長に聞く「苦しみは何も変わらない」えひめ丸事故10年
自責の念、周囲の理解が大切 えひめ丸事故10年
追悼の千羽鶴託す 「えひめ丸」がハワイ沖実習へ出港 愛媛・宇和島
「景色や風は変わっていない」と父 ホノルルでえひめ丸事故の追悼式典


Posted at 03:54 in Price | WriteBacks (0) | Edit
WriteBacks
TrackBack ping me at
Post a comment

writeback message: Ready to post a comment.