May 07, 2010
名前に便利な名刺管理について考えてみる
名刺の管理は手動で行うのはやはり面倒なのですね。買収によるかもしれませんが、サラリーマンの場合、あふれるほどの量があるものです。名による分類が最もわかりやすいと私は思っています。名刺管理の現状を冷静に分析してみましょう。デザインにこだわった名刺もたくさん世の中に登場しているのです。前の職場での名刺は、お客様に伝えるだけのものだったので、交換することもなく、名刺管理の必要もなかった。ただし、営業職の人はよく名刺を受けることがあるだろうから、名刺管理も重要な事柄の1つだ。整理し、特徴を記入するという話を聞いたことがあるが、最近では携帯電話にバーコードリーダーを使用してインポートすることがあってそこで名刺の管理をする人もいると聞いたことができます。
岩手大学(盛岡市上田)に設置されている宮澤賢治の研究機関「宮澤賢治センター」の5周年記念イベントが6月24日、盛岡市産学官連携研究センター(上田)で開催された。(盛岡経済新聞)
メーンイベントは賢治と親交が深かった直木賞作家の森荘已池(もり・そういち)の娘で宮澤賢治の研究家、森三沙さんによるトークイベントで、約50人が参加。盛岡大学の望月善次学長との対談で、作品の朗読を交えながら、「毎日食卓の話題に上るほど身近な存在だった」という賢治のエピソードを披露した。
荘已池が賢治の処女作「春と修羅」を読んだときについて、森さんは「『こらてえへんだ、てえへんだ、てえへんだ』と3回叫ぶほど感動していた」と当時の様子を紹介。「当時50冊はあった萩原朔太郎や室生犀星の詩集が真っ黒に見えるほど無意味なものに見えたと話していた」と振り返った。
同センターは現在、賢治の研究者やファンなど約370人で構成され、定例研究会のほか、企画展などを開催している。
関連行事として、同大図書館のギャラリーで現在、企画展「関豊太郎と宮澤賢治〜賢治が学んだ72の石たち〜」を開催中。開館時間は10時〜17時。7月24日まで。
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四天王寺(大阪市天王寺区四天王寺1)境内で7月7日〜10日、今年で4回目となる「七夕のゆうべin四天王寺」が開催される。主催は地元商店主などで構成された実行委員会。(あべの経済新聞)
【画像】 四天王寺のササ飾り・昨年の様子
会場では、全長約22メートルのササトンネルとイルミネーションで彩られた天の川、今年は仙台たなばた祭り応援のための吹き流しを設置する。併せて、地下鉄・四天王寺前夕陽ケ丘駅より同寺までの参道でササ飾りを展開。ほか、特製短冊も用意しササに飾りつけできる(7日13時〜10日19時)。今年は東日本大震災の鎮魂と復興を祈願し、「鎮魂のともしび」ろうそくなども用意する。
七夕当日の7日は19時より「ササトンネルオープニングセレモニー」が始まり、イルミネーションが点灯(24時まで)。「七夕縁日」(17時〜21時)は多数のフードブース、ゲームブース、東北物産展などを用意する(9日まで)。
9日は、仁王門メーン会場で地元小・中学校やプロ・アマチュアアーティストが参加する「七夕復興祈念コンサート」(16時〜21時)を、東門ステージで大阪スクールオブミュージックの学生が運営する「星空コンサート」(19時〜22時)を、東重門付近で天体望遠鏡数十台を用意する「星空観望会」(19時〜22時)を、それぞれ開く。
10日は20時より願いが天に届くよう短冊を焼く儀式「お炊き上げ」でフィナーレを迎える。
今年は「上本町YUFURA」(天王寺区上本町6)新歌舞伎座前野外ステージで、7日17時〜19時と9日15時〜19時、関西で活動するインディーズアーティストのコンサートも行われる。
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七夕のゆうべin四天王寺 2011
東日本大震災で、各地の神社も多くが被災しているが、安産の神様として知られる福知山市三和町大原の大原神社(林秀俊宮司)は24日、宮城県栗原市の平野神社に、建て替え前の三和荘で使っていた結婚式用の神殿を送った。平野神社を通じて要望のあった被災神社に届けられる。
今回の大震災では5月17日現在、1都15県の3万1814社のうち、1割以上の3386社が被災し、このうち228社は本殿、拝殿などが全半壊している。津波の被害を受けた三陸地域の神社では、拝殿や本殿は流され、鳥居だけがかろうじて残ったところがある。そこでも地元の一日も早い復旧を願い、参拝して手を合わせる被災者の姿がみられるという。
林宮司は、神社の被災地支援活動をしている東京都上野の下谷神社から、震災後しばらくして現状を聞き、支援に協力することにした。
まず5月に神社関係への義援金を送り、今月17日には要望があった朱盃50個などの神具や立烏帽子、襦袢、狩衣、足袋、白袴など神職の衣服類などを送った。今回はかつて旧三和荘で使い、そのあと大原神社絵馬殿の倉庫に保管していた高さ約1・8メートル、幅1メートル余り、奥行き約40センチの総ヒノキ造りの神殿を発送した。
1995年の阪神大震災時には、林宮司が依頼して福知山駅北口前にあった結婚式場の旧日交会館の厚意で、神殿の装飾具を被災地に送った経緯がある。
林宮司は「現地は大変な状況ですが、今後東北地方で新たなカップルが生まれ、次代を担う子が誕生して健やかに育つことを願っています。神社の氏子の方々の住居の復旧が第一ですが、神社はそれぞれの地域の人たちの心のよりどころでもあり、一日も早くよみがえってほしい。送った神具類が少しでも役立てばうれしい」と話していた。
被災地支援の義援金は神社向けと一般向けに2度送ったが、今後も募金箱を置き、参拝者に協力を呼びかける。
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