Dec 03, 2009
名前に便利な名刺管理について考えてみる
名刺の管理は手動で行うのはやはり面倒なのですね。買収によるかもしれませんが、サラリーマンの場合、あふれるほどの量があるものです。名による分類が最もわかりやすいと私は思っています。名刺管理の現状を冷静に分析してみましょう。デザインにこだわった名刺もたくさん世の中に登場しているのです。PCやスマートフォンの開発はしたが、ビジネスでは昔から変わらないものがある。それは名刺です。名刺には会社名、名前はもちろん電話番号も出ている。最近では、企業のURLや電子メールアドレスも掲載されている。既存の名刺管理、名刺フォルダに整理するだけで生かしことができない。したがって、これらのデータをスキャンして企業全体を生かす方向に時代は進化している。そのためのソフトも発売されている。名刺の管理はビジネスの基礎的で重要な情報である。
七夕を前にJR高松駅で28日、高松市の寺井幼稚園の園児66人が恒例の七夕の飾り付けを行った。7日まで展示される。
園児らは「いちりんしゃに乗れるようになりたい」「ゲームがじょうずになりたい」などの願い事を書いた色とりどりの短冊や飾りを、駅員に手伝ってもらいながら高さ3メートルのササ2本に結び付けた。七夕飾りが完成すると、園児らは「たなばたさま」や「きらきら星」などを歌った。
七夕飾りはJR四国が夏の風物詩として毎年、地元の園児らを招いて行っている。
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フランスのパリで開かれているユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会は28日、フランス人建築家のル・コルビュジエ(1887〜1965年)が設計した国立西洋美術館本館(東京都台東区)など世界6カ国の19の建築作品について、世界文化遺産の登録見送りを決めた。コルビュジエ作品は09年に続く「落選」。今回の決定は、推薦書の再提出が必要な「登録延期」で、今後の登録に向け再度の見直しが求められる。
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コルビュジエ作品は、国立西洋美術館本館など22資産について仏政府が中心となって各国共同の推薦書を08年に提出。世界遺産委は09年に追加情報の提出を求める「情報照会」を決議し、登録を見送った。
関係国は追加の対応として三つの構成資産を減らすなどの見直しを図った。登録の可否を事前審査するユネスコの諮問機関は5月に「登録にふさわしくない」と、4段階評価で最低の結果を勧告。世界遺産委は今回、評価を1段階引き上げた。【木村健二】
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今年春の選抜高校野球大会の決勝進出校を賭けたとして、兵庫県高砂署は28日、賭博容疑で、キッコーマン食品高砂工場(兵庫県高砂市)の男性従業員(35)ら、同工場に勤める社員60人と元社員4人の計64人を神戸地検姫路支部に書類送検した。64人はいずれも容疑を認め、「小遣い稼ぎでやった」などと供述している。
同署によると、64人は3月4〜14日ごろ、同工場で、選抜大会の決勝進出校を予想する賭けをした疑い。
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「ママ、いなくならないで」。岩手県釜石市で津波が街をのむ光景を目の当たりにした小学3年の女児(8)は震災発生から3カ月半たった今も、夜になると母親(35)の胸に顔をうずめる。一家は海から離れた街に引っ越した。「一日一日を無事に過ごすことで自信を取り戻させたい」。母親は、娘が負った心の傷とじっくり向き合っていくつもりだ。
あの日、女児は通っていた釜石市内の小学校にいた。津波に襲われた時、他の児童と高台へ逃げたが、校舎はのみ込まれた。自宅も流され全壊。同居していた祖父(66)の遺体が近くで見つかった。震災3日後、母親と再会した際、女児は両手を広げて言った。「一生のお願いだから離れないで」。震災前から父親はおらず、母親が仕事をしているため、離れて過ごすことに慣れていたはずだった。
4月末に小学校が再開されたが、周辺のがれきを見るだけで「おかしくなりそう。行きたくない」と登校を拒んだ。家族が被災地に近づくことすら嫌がった。震災前は男の子と川遊びをし、通知表には「みんなを引っ張るリーダー役です」と評価されるほどだった活発さは消えていた。
一家は5月中旬、津波に流された自宅から車で1時間ほどの内陸の街へ移住した。母親は一時休職して女児と生活を共にし、現在も登校に付き添う。女児は保健室で気持ちを整えて教室に入るなどして、授業を受けられるようになった。
震災3カ月の6月11日、母親は内緒で釜石市を訪れて黙とうした。女児も少しずつだが以前の様子が戻りつつあると感じている。
阪神大震災で被災者の心のケアに当たった兵庫教育大大学院の冨永良喜教授(臨床心理学)は「子どもの心の傷の回復には親が知識を持ち、動揺せずに対応する必要がある。ただ精神的に余裕のない親も多いと予想され、不安があれば専門家に相談してほしい」と呼びかけている。出会い系【山田尚弘】
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